肩書きに頼らずゼロから出発できるか

2011.12.17

大企業の中にいれば、会社の名前を出すだけで周りの人が認めてくれるし、名刺の肩書きがものをいう。「私はこういう人間で、これこれこういうことができます」とわざわざ説明しなくても、名刺一枚あれば他人が信用してくれる。たとえば銀行でローンを組む場合でも、自営業者などの苦労に比べればサラリーマンは手続きも簡単で、すぐにおカネを貸してくれる。つまり個人のやる気や頑張りよりも、この国では企業の看板のほうがずっと信用度が高いということである。

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私は仕事柄、個人からその看板が外れたときの虚しさを、ずいぶん目にしてきた。大抵の人は、現実に会社を去るまではそれほど自分の存在意義が薄いとは予想しないようだ。ところが年賀状の数は2年目には一〇分の一に減り、今まで自分が付き合ってきた人のほとんどはぶ会社あってのただの知人だったと思い知る。企業という看板がなくなった途端、神通力が消えてただの人に返ってしまうわけである。今後、個人が身につけるべき力は、徒手空拳で千円札を何枚かつかんでくるような、そんな生きる知恵だろう。簡単にいえば、ゼロから出発できるかどうかということである。




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